彼の記憶の中にある桜は、散り際の桜だった。はらはらと、花びらは地面に向かう。
それを見ているのは彼と、もう一人の彼。二人は手を繋ぎ、桜を見ていた。それは、夢の中でも。
夢に出てくる桜はほのかな匂いを漂わせる。彼の手はもう一人の彼の手の暖かさを感じて、少し、ほっとする。 淡く薄紅をまとう桜が白く見えるようになり、やがて夜が訪れるのだ。彼らは薄く淡い光をぼうっと放つ桜を見 続ける。思い出を背景に、いつまでも、目が覚めるまで。
目が覚めたとき、そこはありふれていて、日常。そんな時、彼はふっと、首をかしげてしまうのだ。なぜだかは わからないのだけれど。 桜に酔った……から? 何か、不思議な感覚の交差する知らない事だらけの、知っている日常。
ある日、彼らは二人で出かけた。
桜の木の下に埋まっているはずの死体……を捜しに。
春の空は晴れ渡り、桜は満開だった。後、二人がする事は青い空と競うような、淡い紅色の禍禍しい桜を探し 出すだけ。場所はわかっているから、きっと二人の目的は達成されるだろう。そう信じていた。
秘密を抱えた彼らは二人にとって、ただ一人の祖母を探しているのだ。2年前に行方知れずになった、祖母を。
二人の目指す桜は記憶の中にあった。それは、祖母がいなくなった次の春に咲いた一本の桜の木。 ……その年二人は、桜の花が散る様を手を繋いで眺めていた。ここに祖母がいればいいのに、と思いながら。
もともと古くなっていた家に、人が住まなくなって、一年経った空家はまるで、廃屋のようになっていた。坂の 途中にある一軒の家。目指す桜はそこにあった。
あれ、そうだよね?
二人、言葉にせずに、お互いに思う。見つからないように、こっそりと生垣の隙間から入る事に決めて、お互 いの手を離す。リュックサックの中には移植鏝。目的の桜の下を掘る為に……。
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