回遊魚

−3−

 水槽の中で、魚達は虚ろな目をして回り続ける。まるで、会社に通い続けている時の自分のよう。
 ずっと見ていると、中に一匹、回り続ける魚達と逆の方向に回る魚がいた。水の流れに逆流する、一匹の魚。
 よく見ると、その魚は鱗も鰭も、かなり傷ついている。ぶつかる度に、傷は増えていた。
 けれど、それは他の魚も同じだった。水槽の壁に、ぶつかった事のない魚はいないらしい。やっぱり、鱗も鰭も傷ついていた。
「……狭すぎるから、だから……こんなに傷ついて……」
 海にいる筈の……海の中ならば付かなかったかもしれない傷。
 けれど、それは同時に水槽の中にいる以上に、命を落とす危険がある。自由と引き換えに。
 岩壁にぶつかったり、他の魚に食べられたり。きっと、人に捕まったり、何かの病気に掛かったり……とても少ない確率で生き残れる海の中。
「こんな……狭い中で過ごしていたくないのかもしれない……」
 例え、その命を亡くしても。 水槽の中で泳ぎ続ける魚。自分の意志で選んだ事ならば、納得行くだろうに。
 ただ、与えられた世界。選び取る事も出来ずに死ぬまでずっと、この狭い世界で生きて行く。
「……選べただけ、幸せなのかな?」
 ふと、自分の事を振り返って思う。選べなかった、水槽のような会社の中で、自分の一生が終わったわけじゃない。
 誰に話しても、辞めて当然だと言われる会社。我慢の限界を試されていた気もする。
「まだまだ、これからだもんね。次の仕事、探さなきゃ」
 回り続ける魚の水槽の前で、小さく呟きながら、心の中がスッと晴れる。
 それまで、未練ではなく、後悔に似た気持ちが彼女の中で渦巻いていたから。
 勢いを付けて立ち上がる。そして彼女は、まだ見ていない水槽を目指して、歩き出す。
 何しろ、1時間近く一番最初にある水槽の前にいたのだ。閉館時間まで、後わずか。全部の水槽を見られるかどうか……。





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