回遊魚

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 水族館に、行きたくなった。夏なら涼しいであろう水族館。こんなに寒くなってきた冬に行ったら、どんな感じだろ
うか?とも思ったから。
 空は朝からどんより雲っていた。何だか温い空気が気持ち悪い。昨日までの、真冬と言って差し支えなかった温
度に比べて、雪の降る事のなさそうな気温。
「……少しは、空いてるかな?」
 独り言を呟いてみる。夏に行った、水族館を思い出したから。涼しい館内に、これでもか!と人がうごめいていた。
 魚なんて、ちっとも見えないくらいに。
 せっかく平日に行くのだ、空いていて欲しい。そう思って、閉館前に行く事にする。夕方になれば、きっと少しは
空いているだろうから……。
 混んでいる水族館は、夏の休日だけで十分だ。
 そんな事を思いながら、夕方までの時間を使って彼女は出かける準備をする。
「好きな事、する時間も今までは殆ど、なかったんだから。……少しは楽しまなくちゃあね!」
 ゆっくり、魚を見たかった。誰にも邪魔されずに、一人で。
 できるなら、一人だけで。

 午後三時三十分。彼女は水族館の前にいた。券売機の前には誰もいない。入り口付近にも、見学者の姿はない。
 空いているようだ。嬉しくなりながら、彼女は入り口で半券を切ってもらう。そして、中に入った。

 思っていたとおり、冬の水族館の中は、外に比べて暖かかった。でも、それはまるで、換気のされていない室内
のような生ぬるさだった。
 重くもったりとした空気で埋め尽くされていた。

 一番最初の水槽の前には数えるほどしか人がいなかった。彼女の予想通り、空いている。
 回遊魚の水槽の前にあるベンチに座り、彼女はくるくる回る魚を眺めた。
 水槽の中で、魚達は虚ろな目をして回り続ける。まるで、会社に通い続けている時の自分のよう。
 ずっと見ていると、中に一匹、回り続ける魚達と逆の方向に回る魚がいた。水の流れに逆流する、一匹の魚。







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